戦後の荒廃から復興へ社会が動き始めた頃、それ以前からの小規模な親交が支部として結実したのは、昭和27年の春である。昭和26年度の卒業生名簿を頼りに、善宝寺住職本間瑞芳氏、専徳寺住職竺千尋氏らの呼びかけで、大元老の佐藤在寛(政治郎)・小笠原義雄・高倉了要・内山清・鎌田清之助・酒谷皎・工藤誠・佐田都三・高橋一雄・三上茂・関本専教・河田昭二各氏が本間宅に集まり結成式を挙げ、本間氏を初代支部長に推挙す。
 同年8月11日、母校より田部重治教授・勝承夫理事・高盛義雄副会長が来函され、文芸講演会を市労働会館で催し、その晩湯川温泉旅館で懇親会がもたれ、会員相互の結束を更に固いものにし、翌28年8月17日、戦後の初代理事長大塚又七氏を迎え総会を開催した。
 当初14名で発足した支部も年代には、名を数えるまでになり、校友間の親交ぶりは極めて家族的で、他の大学の卒業生の方より羨ましがられる程となった。
 昭和29年2月函館東高校、昭和30年2月函館商業高校の一教室を借り、地方入学試験が校友の協力で実施され、100名近い高校生が地元はもとより海を渡って東北からも受験した。35・36年には函館地区出身の在学生数は150名程となり、地方試験実施の成果と思われた。
 昭和33年、第21代大島豊学長の来函を機に総会を開き親しく懇談した。
 母校も新制大学に移行し総合大学への発展に伴い、支部会員数も30年代後半には60名以上となり、それまでは僧侶と教職員が大半だった会員層も、法・経・社・工の各学部の卒業生が加わることによって、市内の官公庁を始め広範囲の職域で活躍されるようになり会員層も多彩になった。
 そこで本間支部長を中心に佐田、三上、関本、河田の各氏の外に、黒川徳弥氏と昭和34年経営卒の柏葉孔氏が幹事に選出され、会を運営する体制が一層固められた。


昭和47年 支部創立20周年
昭和57年 支部創立30周年
昭和59年11月 河田昭二氏が3代目支部長に、木村孝二氏が幹事長に就任した
昭和61年 8月 9日 支部創立35周年総会
植木氏等を招き「植木等さんと語る会」を開催
昭和63年 3月25日 函館支部だより「校友函館」第1号を発行
昭和63年 9月 青森県支部との交流が始まる
昭和63年10月 1日 大学創立101年記念公開講演会を開催
講師は東洋大学教授社会学博士中里至正氏で、演題は「失敗体験の効用」であった
平成 4年 2月29日 第1回新年会開催
平成 4年 9月 4日 支部創立40周年記念式典・祝賀会開催
平成 6年 8月20日 大学相撲部上磯町(現北斗市)で合宿、歓迎会開催
平成 9年 2月15日 第1回東部リーグ大学函館交流会新年会に参加
平成 9年 8月 9日 支部創立45周年記念式典・祝賀会開催
平成 9年 8月28日 青函交流10周年記念パーティー(青森)
平成 9年 9月11日 青函交流10周年記念パーティー(函館)
平成12年12月 9日 第1回忘年会開催
平成13年 4月 1日 第4代目支部長に柏葉孔氏が就任
本部代議員に柏葉孔氏:高田伸一氏就任
平成13年 9月 第1回観楓会開催
平成14年 6月22日 北海道ブロック支部長会議を函館で開催
創立50周年記念講演会・式典・祝賀会を開催
講師は函館支部校友藤井広美氏(北海道教育大学函館校助教授)演題は「これからの
家族関係を考える」であった
平成15年 4月27日 支部校友山内尊洲氏が八雲町長に就任
平成15年 5月17日 第1回支部実務担当者研修会に小笠原文雄副支部長が出席(於:大学)
平成16年 11月13日 校友大会110周年記念式典に、柏葉支部長・山本副支部長・小笠原副支部長・木村幹事
・池永幹事5名が出席
平成18年2月 支部ホームページ開設
平成19年6月23日 支部創立55周年記念祝賀会を開催

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